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                 日本バーナード・ショー協会

               The Bernard Shaw Society of Japan 

                  会長挨拶  大浦龍一(大阪芸術大学)   

 

  日本バーナード・ショー協会は1971年11月に創立されて以来50年以上にわたって、ジョージ・バーナード・ショーGeorge Bernard Shaw (1856-1950) の文学・演劇・思想に興味のある者が集まって研究をしてきました。また、ショー自身だけでなく、彼と同時代に活躍した人物の演劇・思想等の研究にも興味は拡大されています。

   アイルランド生まれで、イギリスで活躍したバーナード・ショーは、当時としては遅咲きの作家でした。彼の学歴は今の日本で言えば商業高校中退くらいで、ほとんど独学で知性を磨きました。最初は小説家を目指しましたが報われず、30歳ごろになって彼の存在が一部の人々に注目され始めたのはジャーナリズムで音楽や演劇の評論家になってからでした。そして、1892年に36歳にしてやっと『男やもめに家』で劇作家デビューできました。さらに、演劇評論家を辞めて、劇作に専念できるようになった時には40歳を過ぎていました。しかし、それから彼の演劇的才能が開花して 『人と超人』、『ピグマリオン』、『聖女ジョウン』などの代表作を次々に発表し、近代イギリスを代表する劇作家になりました。そして、特出すべきは、近代劇の多くがシリアスで笑いとは無縁だったのに対し、ショーの戯曲は優れた近代喜劇であったことです。

   ショーが青年期を過ごしたヴィクトリア朝のイギリスは、かつてない繁栄を極めましたが、同時に数々の深刻な社会問題が生まれていました。社会変革を求める機運にショーも敏感に反応しました。そして、彼は言論による漸進的な変革を望む社会主義団体フェビアン協会に入会し、多くの政治論文を発表しました。けれども、社会主義思想以外にもニーチェなどからの影響も受けていた彼は、「生の力」や「創造的進化」といった彼の独自思想を数々の戯曲の中で展開しました。

   近年の我が協会の活動は、7月に東京で、12月に地方(名古屋が主で、関西など)で大会を開催し、会員の研究発表を聴いて、活発な議論と情報交換の場としています。ショー協会は少人数の会ですが、年齢や性別にかかわらず、気軽に参加できる会です。会員でなくても、興味のある方は是非お立ち寄りください。

   最後になりましたが、私は10代目の会長を務めさせていただいております。初代会長の市川又彦早稲田大学名誉教授を始め、これまでの9人の会長の方々は、いずれも経歴も業績も並々ならぬものがおありでした。そのような経歴も業績も何もない上に、英文学徒ではなく、演劇学出身の私ですが、バーナード・ショーの魅力を発信していくために日々精進いたしますので、何卒よろしくお願いいたします。
 

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