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日本バーナード・ショー協会 ホーム・ページ
Bernard Shaw Society of Japan
会長:森川 寿 和歌山工業高等専門学校名誉教授
事務局:大浦 龍一方 〒353-0007 志木市柏町3-3-31-203
email: obssj@yahoo.co.jp


会長 森川 寿
事務局 353-0007 志木市柏町3-3-31-203
大浦龍一方
Tel : 048-473-1303 E-mail : obssj@yahoo.co.jp
郵便振替00800-7-118554
2019年度 日本バーナード・ショー協会
第5回バーナード・ショーセミナー
「ショーとシェイクスピア」
日 時:9月28日(土)13:00 ~ 15:45
場 所:熱海第1ビル4階B会議室 http://www.daiichibld.com/map/m-eki.html
静岡県熱海市田原本町9-1
熱海駅の目の前。ビルの地下1階から2階まではアタミックス名店街
役員会:12:00 ~ 13:00
開会式:13:00 ~ 13:10
パネリスト発表:13:10 ~ 14:40
大浦 龍一氏 :劇評家GBSが観たシェイクスピア劇
Shakespearean Plays watched by GBS the drama critic
小木曽 雅文氏:書簡から見るショーのシェイクスピア
Shaw's Shakespeare Seen from his Letters
森岡 稔氏 :ショーの『シンベリン仕上げ直し』を読む
Reading Shaw’s Cymbeline Refinished: A Variation on
Shakespeare's Ending
司会:森川 寿氏
休憩:14:40 ~ 14:50
質疑応答及び自由討論:14:50 ~ 15:45
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出欠を9月20日(金)までに、Eメールもしくは葉書で下記にご連絡ください。
大浦 龍一:〒353-0007 志木市柏町3-3-31-203
E-mail:obssj@yahoo.co.jp
お知らせ
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日本バーナード・ショー協会2019年度秋季大会を2019年11月23日(土)に名城大学で開催を予定しています。発表者を募集中です。
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『ショー研究』第16号原稿募集中。〆切は9月30日 (月)までです。投稿予定の方は9月9日(月)までにご意向を森川編集長にお知らせ下さい
2019年度会費を納入してください(5,000円、ただし学生及び年金生活者は
3,000円)。協会の領収書をご入用の方は、払込取扱票通信欄にその旨を御記
入ください。
ゆうちょ銀行振替口座:00800-7-118554、加入者名:日本バーナード・ショー協会
発表内容
劇評家GBSが観たシェイクスピア劇
Shakespearean Plays watched by GBS the drama critic
大浦 龍一
ショーのシェイクスピア批判を考えるとき、彼が観た舞台上のシェイクスピアからの影響を抜きにして考えるわけには行かない。彼の長い生涯において莫大な数のシェイクスピア劇を観てきたことだろうが、ここではショーが劇作家としての名声を得る以前、彼が最も精力的に劇場に足を運んでいた劇評家GBS時代に絞って話をしたい。
ショーは1895年1月5日から1898年5月21日までの3年半の間に『土曜評論』の劇評家として200作以上の演目を観ている。やはりその中でも作家別では回数が最も多いのはシェイクスピアである。では、ショーはシェイクスピアのどの作品を見ていたのか。それらは誰によって演じられ、どのように演出されたのか。そして、それらをショーはどう思ったのかをショーの劇評から考察したい。時間の都合で概括的なものになってしまうとは思うが、ショーとシェイクスピアに関する議論の材料になれば幸いである。
書簡から見るショーのシェイクスピア
Shaw's Shakespeare Seen from his Letters
小木曽 雅文
Dan H. Laurence 編纂のショー書簡集(全4巻)には数多くのシェイクスピアについての言及があり、長い生涯にわたる彼のシェイクスピア遍歴を知る宝庫である。例えば、1940年7月17日の手紙、「エレン・テリーが "the quality of mercy is not strained" と説く声を聴いた者は、その声を思い出すだけで、ドイツ人も、他の誰も殺すことはできなくなります。ヒトラー氏自身にとっても私たちが望みうる最悪なことは、列車の中でなく、ヴェニスの総督の法廷で自分がエレンによって止せと言われるのを聞くことでしょう。」
1946年11月28日の手紙には、一緒にダブリンの劇場で Barry Sullivan の Coriolanus を見た時、どう思うかと聞いたところ、父親が彼を "Like a mad bull." と答えたとある。
ショーのシェイクスピアへの年季の入れ様、造詣の深さの一端を紹介したい。
ショーの『シンベリン仕上げ直し』を読む
Reading Shaw’s Cymbeline Refinished: A Variation on Shakespeare's Ending
森岡 稔
バーナード・ショーのCymbeline Refinished: A Variation on Shakespeare's Ending (1936) は、副題にもあるようにシェイクスピアの『シンベリン』の終幕に手を入れ、ショー版『シンベリン』となる『「シンベリン」仕上げ直し』とした作品である。この作品は、シェイクスピアのむこうを張って、『シンベリン』を書き直したのではなく、もしシェイクスピアがバーナード・ショーの時代に生きていたとしたら、こう書いただろうというものであって、世に言う「シェイクスピア嫌いのバーナード・ショー」が詩聖とも言われるシェイクスピアを虚仮にするものでは決してない。「シェイクスピア嫌いのバーナード・ショー」も大きな誤解であって、シェイクスピアを妄信、崇拝する無理解な“bardolatry”(詩人bardと偶像崇拝idolatryをくっつけた造語)に対する批判と、原作を軽んじた翻案と演じ方に怒りを覚えて痛烈な非難をショーは繰り返したのであった。もちろん、ショーが作り出す戯曲は、シェイクスピアの戯曲とは目指すところが異なることは言うまでもない。だが、あまりにもショーによるシェイクスピアに関わる人々への激烈な上記のような非難は、「シェイクスピアをこきおろして、自分を高める」、といった下品なショーへの評価を「一人歩き」させた感がある。本発表は、この誤解を解くとともに、ショーの作劇の精神を明らかにする。『シンベリン』第5幕をどう改変したのかは、少し触れるにとどまり、ショーの『「シンベリン」仕上げ直し』そのものを鑑賞したい。